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1、帝释天传记 ...
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伝記一
天人の貴族として生を受けた私が、宮殿に足を踏み入れるのはこれが初めてではなかった。
身为天人贵族,我并非第一次进入王殿。
幼い頃、父上の供として宮殿に入り、一族のため、十天衆と祈りを捧げたことがある。
在我尚年幼时,曾随父亲入王殿,与十天众为一族祈福。
宮殿の前には大きな鐘がいくつも並んでいた。
我远远看到王殿前的钟墙,无数铜钟挂在那里,
長年風雨にさらされてきたであろうその鐘に、朽ちている様子はない。
任风吹雨打岁月流逝,却纹丝不动。
私は好奇心に駆られ、最も小さな鐘を叩いてみた。
我好奇地去敲最小的一枚钟,
悠久の時を感じさせる音が響く。
听到一声悠远的鸣声。
鐘の音は、遥か遠くから聞こえたような気がした。
钟声自远方来,
それは、まだ知る由もない私の運命のために、漠然とした未来で響き渡っているようにも思えた。
在虚无缥缈的未来里响彻,为我不可知的命数而鸣。
鐘の音に秘められた真意を解き明かそうと耳を澄ましていた私に、父上の叱咤が轟く。
那声音仿佛藏有什么秘密,我想要再听得真切些,却被父亲厉声呵斥。
「鐘は新王のためだけに鳴らされるものだ。お前の行いは大いなる不敬に当たる」と父上は言った。
「钟只为新王而鸣。」父亲说道,「你这是大不敬之罪。」
そして今、私は白蓮が咲く池に座り、あまたの楽師が奏でる幾千もの鐘の音を聞いている。
如今,我坐在白莲池水中,听着殿外无数乐师手执钟锤奏响百千铜钟,
皆、私が王に即位する時を恭しく待っているのだ。
恭候我登基为王。
相変わらず天命など敬ってはいないが、もはやこの世に私を罰することができる者はいない。
我依然不敬天命,然而已无人能将我治罪。
通路の両側に控える祭司らが蓮の花びらを私に振りかける。
两侧的祭司们将莲花瓣洒在我身上,
そして恭しく頭を垂れた大祭司が香を焚きしめた純白の衣を私の眼前に捧げた。
大祭司恭敬地跪下,将焚香熏过的白衣捧在我面前道:
「香が汚れを払い、水が罪を清めるがごとく、過ぎし日の一切が足元の泥と化し、御身が蓮のごとく生まれ変わることをお祈り申し上げます」
「以焚香驱逐污秽,以流水洗净罪孽,愿您重生如莲花,往事一切,都化为脚下淤泥。
「忉利天の名において、過去の業をすべて断ち切り、この池をお出になる時には、白蓮のごとく生まれ変わった新たな王となられますように」
以忉利天之名,使您断绝过去一切罪孽,从池水中走出,如同白莲初生,化为新王。」
私は問うた。
我问他,
「いかにして業を断ち切れと?」
「你要我如何断绝罪孽?」
大祭司は俯いたままこう答えた。
大祭司低头道,
「諦めきれぬ最大の願いを告白なさいませ。
「只需您说出最放不下的心愿,
それを池に捨て置き、二度と振り向かぬこと。ただそれだけにございます」
将它留在池中,不再回头。」
水面で揺れる蓮の花に向かい、私は独りごちた。
我看向水中摇曳的莲花说道:
「我が人生唯一の望みは、この手で天人と鬼族の戦いに終止符を打ち、友と手を携え、二度と争いや犠牲のない世を一族にもたらすこと」
「我此生唯愿能亲手终结天人与鬼族的战争,与友人携手,带领一族前往没有争斗和牺牲的世界。
「そして、戦は終わった。だが、私の傍らに友の姿はない。
如今战事已了,他却不在。
そう、我が最大の願いは、我が最大の業となってしまったのだ……」
我毕生的愿望,成了我毕生的罪孽。」
伝記二
「私は天域のため、新たな秩序を敷く」
「我将会为天人建立新的『公正』。」
「不公平には、力でしか抗えぬ。
「不公只能用力量去打破,
だが力こそがこの世で最も不公平なものだ」
而力量就是这世上最不公的东西。」
かつて私は、友である阿修羅と肩を並べ、鬼族と戦っていた。
我曾与友人阿修罗并肩作战在讨伐鬼族的战场上,
先陣を切る阿修羅の精神体を止めることなど、いかなる敵であろうとできはしない。
他冲在前方,任何敌人在他的触手前都溃不成军,
阿修羅の背中に追従しながら、私は殺りくの中で阿修羅が方向を見失わぬよう精神体の力を使い援護し続けた。
我紧跟在后,保护他不在杀戮中迷失方向。
諦めることを知らない阿修羅と、信念を貫く私。
他永不言弃,我亦有不输给他的固执,
我らは共に戦場を駆け、強者への道を着実に歩んでいた。
我们一前一后,坚定地在成为强者的道路上一并前行。
私は見ていたのだ。阿修羅の肩越しに、一族の未来と、戦のない輝かしい世界を。
越过他的双肩,我看到了一族的未来,看到了充满光明再无纷争的世界。
だがこの世に必要なのは、戦を終わらせるために戦う善人ではなく、自ら悪を背負い、戦に終止符を打つ悪人だ。
然而,这世间并不缺乏为了终结战争而战的善人,我们缺少的,是愿意为了终结战争而战的恶人。
「新たな秩序のもとでは、出自によりその者の価値を決めることは断じてない。
「新的秩序将不再以出身定夺一个人的价值,
今後は、出自や血筋を問わず、すべての天人の価値は、その精神体の優劣によって決まる。
从今往后,无论出身血统,所有天人的价值都将以能力的优劣来决定。
他に秀でる者は特権を享受し、劣る者は深淵の牢獄に落とされる。
优异可享受特权,低劣则会被打入深渊之狱,
新たな秩序の前では、全ての者が平等なのだ」
在这样的新秩序面前,所有人都是平等的。」
秩序を司る私だけが、絶対的権力の象徴として民の上に君臨し、”不公平”を体現する最後の1人となる。
只有掌握着秩序的我,居于众人之上,象征着无上的力量,也是最后一位「不公」之人。
「だが、この世に、たとえわずかであっても不公平が存在する限り、争いが消えることは永遠にない」
「然而,只要这世上还有最后一寸不公之地存在,那么争斗就永远不会停止。」
「今日より私は、唯一無二の玉座の主となる」
「今天以后,我会坐上那独一无二的王座。」
「この玉座は、私がこれまでに葬った異族の血肉と、私が裁いた同族の信仰の上に築かれたものだ。
「我的王座会越筑越高,建立在那些被我屠戮的异族血肉之上,建立在所有被我裁决的同族信仰之上,
いずれこの世の全てを我が手中に収め、あらゆるものの頂点に私が君臨する。
越来越高,一路通天,直到天下一切都在我之下,
私が、生きとし生ける者の運命を握っているのだ。
所有人的命运,皆在我手中,
唯一、偉大な力を有するこの私だけが!」
须弥芥子,唯我一人。」
かつての闘神、阿修羅は、その血肉とひきかえに奇跡を成し遂げた。
昔日的战神阿修罗是用血肉织成的奇迹,
阿修羅の体が熱を失い氷のように冷たくなっても、彼が残してくれた温もりの余韻を今も感じることができる。
哪怕他的身体变得冰冷,我却仍能够摸到他的影子在我身上留下的余温。
阿修羅は太陽のように暖かく私を照らしてくれていた。
他炽热如太阳,却从不曾灼伤我,
だが私は、凍った月のように彼を突き放し、傷つけてしまった。
可我的影子却冻伤了他,
歩む速さが違ったとしても、私が彼のために歩みを止めることはない。
他没能跟上,但我不会为他而停留,
もし彼が私の立場なら同じことをしただろう。
我相信如果换做他,亦会如此。
この世で阿修羅と知り合ったこと以上に私が誇れることはないと、今でも固く信じている。
直到如今,我仍深信在这世上再没有比与他相遇更令我自豪的事。
「その時が来れば、私が捨てたすべての業が我が身に戻り、最後の“不公平”がこの世から消え失せる。
「到那一天,所有被我抛下的罪孽回到我身上,最后一处『不公』会从此消失在世上,
その時こそ、永遠に争いとは無縁の、真に安らかな世を迎えることができる」
我们将迎来真正永无争斗,永远安宁的故土。」
「あの罪にまみれた玉座で、私だけの“公平”を待ち続けよう」
「在那罪恶的王座上,我会等着属于我一个人的『公正』亲自前来。」
私は俯き笑顔で蓮の花に話しかけた。
我低头向莲花笑道:
「この世において、運命の出会い以上に私が心待ちにしていること」
「这世上有着比命中注定的相遇更令人欣喜若狂的事。」
「それはあなたとの再会だ」
「是重逢。」
伝記三
私がすべてを言い終えると、傍らに控えていた大祭司が、滝のような汗を流し震えだした。
我说完这一切后,跪在一旁的大祭司汗如雨下浑身颤抖,
まるで聞いてはならぬ秘密を聞いてしまったかのように。
仿佛在为听到了不该听的秘密而害怕。
そこで私はわざとらしく微笑み、白蓮に問いかけた。
我于是笑着故意向白莲问道:
「ちゃんと聞いていたか?」
「你可听清楚了?」
白蓮はただ静かに、水面の小さな波に揺られている。
白莲没有回答,只是在水中随波逐流,
それらは根のない浮草のように見えるが、その実、池の底にしっかりと根を張っているのだ。
看似无根的浮萍,实则牢牢扎根于池底,
神樹を根こそぎ倒すほどの激しい嵐でさえも、水面に漂う蓮の花を断ち切ることはできない。
即使狂风骤雨足以将神树连根拔起,却不能斩断漂浮的莲花。
この世は嘘にまみれている。
世间万事多是谎言,
例えば宮殿の前に並ぶ銅の鐘がそうだ。
一如王殿门前的万千枚铜钟,
命を落とした幾万の霊を慰めるために鳴らすべきものが、新王のために鳴らすものとされ、少し触れただけで不敬だととがめられる。
分明是为慰藉万千亡灵而鸣,却被说是为新王而鸣,哪怕触碰一下都是罪孽,
千年に渡って無数の血肉で織りなされた影により、天界は覆い尽くされているというのに、ここから逃げられる者がいないため、いつのまにか天界の慈悲深さを称えるようになっていた。
千百年间,无数血肉交织而成的影子笼罩在天域之上,却因无人能够逃离,反而使人称颂起它的仁慈。
私は手を伸ばし、祭司らに着替えを手伝うよう促して、我が罪の告白を聞いた蓮の花を手折った。
我伸出手来,让祭司们为我更衣,伸手折断了那朵饱食了我罪孽的莲花。
大勢の従者に囲まれ、私は鐘の鳴っている方角を目指す。
在众人的簇拥下,我朝着钟鸣奏乐的中心走去,
殿堂の扉を開けると、人々の頭上に高々と宮殿がそびえていた。
推开礼堂之门,王殿高高在上,悬于众生头顶,
片や、私の頭上には果てしない青空が広がっている。
然而我的头顶却仍旧有着无垠的蓝天,
純白の雲が浮かび、雲のはざまを白い鳥たちがさえずりながら飛び交う。
纯白的云朵,白鸟们鸣叫着从云间穿过。
貴族たちも十天衆とともに宮殿へと続く道の両脇に跪き、頭をたれ口をそろえた。
贵族们随着十天众一起跪下在通往王殿的道路两旁,恭敬地低着头说道:
「ご即位を謹んでお祝い申し上げます」
「恭迎新王。」
最初の一歩を踏み出そうとした瞬間、背後にいた大祭司が足元に跪き、私が手折った蓮の花を渡してほしいと願い出た。
就在我要踏出第一步之时,身后的大祭司却跪在我脚边,向我讨要那株我摘下的莲花,
「あなた様の業は、これより先に持ち込むことは叶わぬかと…」
「您的罪孽,怕是不能随您走这一程的。」
私は微笑み、手のひらを開いて何もないことを示した。
我笑了笑,手心一翻,手中空无一物,
その時ようやく大祭司は、あの蓮の花は幻術だったことを悟った。
他才明白我手中的莲花不过是一场幻术,
池にも蓮の花は見当たらず、大祭司が焦って私に尋ねる。
然而莲花却也不在池水中,他急忙问,
「あなた様の願いは、一体いずこに?」
「您的心愿,到底被安放在了何处?」
「私の、心の中だ」
我回答道,「从始至终,他都一直在我心中。」
鐘の音が鳴り響く中、私はまっすぐと玉座に向かって歩を進めた。
在奏乐的钟声之中,我径直朝着王座的方向走去。
宮殿の鐘は、英雄のため、民のため、祝賀のために奏でられるべきだ。
王殿的钟声为英雄而响,为子民而响,为欢庆而响,
いつの日か英雄が凱旋し、暴君が死に、戦が終わりを告げた時、ようやく太平の世が訪れる。
为恭候英雄归来,暴君已死,战事终结,从此迎接太平盛世,
私はその日の到来を心から待ちわびている。
我会等着那一天的到来。
待っているよ、阿修羅。
我会等着那一天的到来,阿修罗。